WEBマーケティングとか優しさとか 木村圭宏 

人生に意味などない 意味付けは自分自身で

暴力について 考える。

 

暴力について 考える。

ハリウッドのアカデミー賞で俳優のウィルスミス氏がMCのクリス・ロック氏を平手でひっぱ叩いた。経緯については、ネット記事などで詳細は紹介されているので詳しくは書かない。

 今回のビンタ事件で思い出したのは

猪木の予備校生へのビンタ事件と、

日野皓正氏の中学生ドラマービンタ事件


猪木のビンタは予備校生の講師として招かれた時に起こった少林寺拳法の有段者が本気で正拳突きをした事で偶発的に起きた。
 この事で猪木の闘魂注入儀式は生まれた。功罪の一つである。

www.youtube.com

日野皓正氏のビンタ事件は、中学生ドラマーの曲を無視した演奏行為に対しての教育的指導で、スティックを奪われようと、髪の毛を引っ張って帰れと言われても素手でドラムを叩くのを止めない生徒にビンタするしかない状況が見てとれる。

猪木にビンタされた学生は「ありがとうございました」と一礼したようだ。
中学生ドラマーも父親とのインタビューで反省の弁を語り、父もやらかしよってと言い。中学生ドラマーも今後も指導を受けたいと願い出た。 
 前述のクリス氏も特に被害届を出す意思はなく、自身のジョークに一定の行き過ぎを認めているのでしょう。
 以前 私自身も女性に一度だけ平手で軽くビンタしたことがあります。20代の頃、本気で好きだった彼女に、男としての屈辱的な言葉をかけられた瞬間手が出てました。
 彼女から女性に暴力を振るうなんてと猛省を促され、大きく反省した思い出があります。その時の瞬間の行動が、自分でも信じられない行動だった本当に好きな人に絶対に言われたくない言葉。 本気だからこそ出た行動だったんではないかという自分への言い訳かもしれない。でもその時に思ったのは拳と平手の本能的な違いがあるんではないかということです。

 本当に痛めつける行動は拳が出ます。言葉にも暴力的な要素はあります。

 平手の一撃は言葉の応酬ではなく終止符を打つ意思表示ではないかということ。
できればそれをしないで済む関係性の向上、人間関係を構築するとことかもしれません。人は過ちを犯します。人は他者に対し寛容的ではない ということもあります。

信賞必罰 過ちを犯したものは何らかの罰を受ける 

R国のP氏にはそれなりの罰が与えられます。


暴力と体罰
暴力と体罰には、大きな違いがあります。それを受けた者がどう思いを受けたか、ということに尽きます。
前例のケースには受けた側の心に届く何かがあったと思いたいです。
 体罰を受けたものが、次の日に自殺する これはどう考えても暴力と言わざる得ません。体罰という行為を肯定するものは何一つありません。しかし暴力と体罰に間には大きな隔たりがある事と、暴力の行使を否定しつつ自分の中にある 暴力的な部分をしっかりと管理しなければならないと思いますね


 私自身もあの後、数年にわたり大きく関係性は良くなりましたが、恋愛成就とはなりませんでしたけど、、、W